
広大なアフリカのサバンナを砂塵を巻き上げながら2本の長い脚で駆ける巨大な鳥、ダチョウ。
頭頂までの高さはおよそ2.4メートル、体重は130キログラムをゆうに超える大型個体も少なくありません。
翼はすっかり退化し、空を飛ぶ機能を完全に手放した”飛べない鳥”の代表格です。
「ダチョウは脳が小さいから頭が悪い」と言われる一方で、時速70キロで草原を切り裂く脚力や、数キロ先の物体すら見抜くとされる視力は、世界最大の鳥が備えた並外れた装備でもあるのです。
古代エジプトの神話では「正義」や「平等」の象徴として崇められた歴史も残っており、人間とダチョウの関わりは想像以上に深い縁で結ばれてきました。
ダチョウの基本情報
- 分類:ダチョウ目ダチョウ科ダチョウ属
- 主な生息地:アフリカ大陸サハラ以南のサバンナや半砂漠
- 平均寿命:野生下で40〜60年、飼育下で30〜40年ほど
- 体長:1.8メートル〜2.75メートル
- 英語表記:Ostrich
学名はStruthio camelusといい、ラテン語の「スズメ+ラクダ」が語源とされています。
長い首と細長い脚の組み合わせが、確かにラクダを思わせる風貌でしょう。
かつてはサハラ砂漠以北やアラビア半島にも亜種が分布していましたが、現在の野生個体はサハラ以南とアラビアの一部にほぼ限られています。
世界最大の鳥であるダチョウの特徴

動物園のフェンス越しに対面すると、ダチョウの圧倒的な体格に思わず息をのみます。
オスの成鳥なら体高230センチメートル、体重135キログラムを超え、現生する鳥類のなかで最大種として知られているのです。
胴体の羽毛はオスが漆黒、メスが灰褐色のため、群れのなかでも雌雄の判別はぱっと見で済みます。
頭と首は不釣り合いに小さく、ピンク色の素肌がうっすらと透けて見えるのも独特な姿でしょう。
さて、ダチョウを語る際に外せないのが、たった2本しかない脚の指。
鳥類のなかで指が2本まで減ったのはダチョウだけで、この特徴を祝って2月2日が「世界ダチョウの日(World Ostrich Day)」と定められました。
3本指のエミューやレアと並べると、地面を蹴って走ることに極端に特化した形だとよく分かります。
蹴る力は100平方センチメートル当たり4.8トンの圧力に達するとされ、ライオン級の捕食者にも反撃できるほどの破壊力です。
走力もまた圧巻といえます。
最高時速は約70キロ、時速50キロ以上を最大30分維持できる持久力も観察されており、走行中の一歩はおよそ5メートルに及びます。
ダッダッダッと砂を蹴り飛ばすそのリズムは、まるで陸上短距離の選手が丘の向こうへ消えていくような迫力でしょう。
脳が小さいから頭が悪いというのは本当?

ところで、タイトルに掲げた「脳が小さいから頭が悪い」という伝承。
体重100キロを超える巨体に対して脳の重さはわずか40グラム、体重比に直すと0.03パーセント前後にすぎません。
直径5センチほどの眼球(重さおよそ60グラム)のほうが脳本体より大きいのも、ダチョウならではの特徴です。
「ダチョウは3歩歩くと忘れる」「天敵が近づくと砂に頭を埋める」――こうした逸話が長らく不注意の代名詞として広まってきました。
ところが、近年の研究では話が違ってきます。
カリフォルニア大学デービス校の報告によれば、ダチョウの脳は視覚処理を担う領域がとくに発達しており、視覚情報を高速で処理する能力に優れているのです。
40メートル以上離れたアリの動きすら捉えるという視覚精度は、鳥類のなかでも最高水準。
砂に頭を埋めるとされた光景は、消化を助けるために小石を飲み込む姿や、巣の卵を転がそうとくちばしを地面に近づけた瞬間の見間違いと考えられています。
実は、サバンナの限られた水場の位置を長期間記憶していることも分かっており、「頭が悪い」とは言えないようです。
ダチョウの生態

ダチョウは群れで暮らす社交家です。
通常は10羽前後の小さなグループを形成し、優位オスがその群れを支配します。
繁殖期以外には50羽近い大きな集団になることもあり、シマウマやキリンと混じり合って草原を移動する光景もアフリカでは珍しくありません。

ふと顔を上げては四方を見渡し、わずかな異変も逃さない――ダチョウの警戒心の高さは、サバンナで生き延びるための要だといえます。
食性は植物中心の雑食で、草、若芽、種子、漿果(しょうか)などを主食としつつ、昆虫やトカゲなどの小動物も口にします。
「ダチョウは水を飲まない」という俗説は誤りで、実際には水場を求めて長距離を移動することが知られています。
「コッ」「ボーボー」と発する低い声も持っていますが、声帯そのものは持ち合わせておらず、オスは強さを誇示する際にだけボーボーと喉を鳴らします。
天敵はライオン、ハイエナ、チーター、ジャッカル、そして人間。
雛や若鳥が狙われやすく、卵もハイエナやジャッカルの大好物です。
ただし成鳥のダチョウは並大抵ではありません。
時速70キロの脚で逃走し、それでも追いつかれた場合には鋭い鉤爪で蹴り飛ばすという、まさに「逃げて良し、戦って良し」の戦略を持っています。
巣やヒナが捕食者に見つかりそうな場面では、わざと怪我をしたふりをして相手を引き寄せ、十分に離れたところで持ち前の速度で振り切る「擬傷行動」を取ることも観察されています。
地味なように見えて、なかなか芸達者な鳥なのです。
ダチョウの繁殖と子育て

繁殖の季節になると、雌雄の関係が一気に賑やかになります。
繁殖年齢はオスで3歳、メスで2歳ごろからで、繁殖期に入るとオスのくちばしや脛が淡いピンクから濃い赤に色づきます。
オスは座り込んで翼を広げ、左右に揺らす「ディスプレイ」と呼ばれる求愛のダンスを始めます。
ふわふわとした黒い羽根を扇のように振るオスの姿は、まるで舞台役者の見得切りのようでしょう。
魅了されたメスは、羽をパタパタとはためかせ、体を上下する「フラッタリング」で応答します。

巣作りは至ってシンプルで、オスが砂地に浅いくぼみを掘るだけ。
そのくぼみへ、群れの複数のメスが順番に産卵していきます。
第1位のメスが巣の中央に産み、下位のメスが周囲に並べていく仕組みになっており、中央の卵はワシなどの天敵から守られやすい設計です。
最終的には1つの巣に15〜20個、ときには30個もの卵が並びます。
卵そのものは長径15〜20センチ、重さ1.2キロ前後と、現生鳥類のなかで最大級。
ニワトリの卵およそ25個分に相当し、目玉焼きにすれば直径30センチのフライパンが必要になるでしょう。
抱卵期間は約45日で、昼はメスが、夜はオスが交代で温めます。
メスの灰褐色は昼の砂地に、オスの黒は夜の暗闇に紛れる擬装と考えられている――というのが動物学者たちの説です。
孵化したばかりの雛は体重1キロ、体長15センチほど。
生まれたその日のうちに目を開いて自力で歩き、1年ほどで親と同じサイズに成長します。 アニコミ・ソムポ
群れの大人たちが交代で雛を守る共同保育の習性は、サバンナという過酷な舞台ならではの知恵といえます。
ダチョウの進化について

ダチョウの祖先を辿る旅は、なかなかドラマチックです。
走鳥類(平胸類)と呼ばれるグループは、飛ぶための筋肉を支える竜骨突起を持たないため「平らな胸」と書きます。
長らく、走鳥類はゴンドワナ大陸の上で飛べない共通祖先から分かれ、大陸の分裂とともにダチョウ、レア、エミューなどへと地域ごとに分化したと考えられてきました。
ところが、ここ20年ほどの分子生物学が定説を揺さぶっています。
2010年に発表されたオーストラリア国立大学のマシュー・フィリップス氏らの研究では、絶滅したニュージーランドのモアの化石DNAを解析した結果、ダチョウなど走鳥類の祖先は約6500万年前まで飛んでいた可能性が浮上しました。
恐竜の絶滅で空き家になった陸上のニッチへ降り立ち、捕食者の脅威が減ったために体が大きくなり、結果として翼の役目を手放した――そんなシナリオが提唱されています。
日本、中国、デンマークなどの国際研究チームは、マダガスカルで数百年前に絶滅したエピオルニス(体高3メートル、体重400キロ超)の骨からDNAを取り出し、走鳥類の祖先が北半球で7000万年前ごろに小型の飛ぶ鳥(リトルニス類)として存在していた可能性を示しました。
「飛ばない鳥は南半球生まれ」というイメージが、北半球起源説へと書き換わりつつあるわけです。
ふと話を広げてみると、鳥類全体の起源は中生代の獣脚類恐竜にあります。
ティラノサウルスを小ぶりにしたような2本足の小型肉食恐竜が遠い祖先で、ダチョウもまた、その血脈の末裔だといえるでしょう。
現在のダチョウとほぼ同じ姿は、およそ200〜300万年前から維持されているとされており、進化のあるべき姿に行き着いた完成形なのかもしれません。
頭が悪いと言われるダチョウについてのまとめ

ダチョウは、世界最大の鳥という肩書きをいくつも背負った特異な存在です。
時速70キロで丘を駆け抜ける脚、3キロ先まで見通すといわれる視覚、10キロを超える持久力、1キロを超える卵――項目を並べるだけでも、その個性がきわ立ちます。
「脳が小さいから頭が悪い」という古来のイメージは、砂に頭を埋めるという誤解された光景や、伝承のなかで膨らんだ部分が大きいといえるでしょう。
実際には、視覚情報の処理に特化した脳と、群れで協調しながら雛を育てる社会性、水場の位置を覚える長期記憶など、サバンナで生き延びるための装備をきちんと備えています。
ふと考えてみると、知能の物差しはひとつではないのです。
道具を使うカラスや言葉を覚えるオウムとは違う方向で、ダチョウは「広大な草原を見渡し、いち早く危険を察知し、誰よりも速く走る」という回答にたどり着いた鳥なのだといえます。
古代エジプトの神官たちが、ダチョウの羽根を「正義」のシンボルに選んだ理由――現代の動物学者たちが少しずつ解き明かしているところに、なんとも痛快な逆転劇を感じるでしょう。
次に動物園のとべ動物園や東京の上野動物園、群馬サファリパークなどでダチョウに出会ったときには、その大きな眼にぜひ目を向けてみてください。
40グラムの脳と60グラムの眼球の組み合わせが、6500万年もの進化の旅路を物語っているのですから。







