
夏の高原に「カッコー、カッコー」と響く澄んだ声は、初夏の到来を告げる風物詩として親しまれてきました。
ベートーヴェンの交響曲第6番『田園』に登場し、北海道札幌市や福島県郡山市が「市の鳥」として制定するほど、人々の暮らしになじみ深い夏鳥でしょう。
耳に届くやさしい音色とは裏腹に、他の鳥たちにとってカッコウはなかなかの厄介者です。
他の鳥の巣に卵を産み付け、ヒナの世話まで丸ごと押し付けてしまう「托卵(たくらん)」という繁殖戦略を取っています。
ところが近年、托卵の成功率低下や個体数の減少が各地で指摘され、京都府や愛知県のレッドデータブックでは準絶滅危惧の扱いを受けるようになりました。
カッコウと宿主の鳥たちが繰り広げる「進化的軍拡競争」とカッコウ絶滅の可能性について解説します。
カッコウの基本情報
- 郭公
- 分類:カッコウ目カッコウ科カッコウ属
- 主な生息地:ユーラシア大陸全域とアフリカ大陸北部に分布、日本には九州以北へ夏鳥として飛来
- 平均寿命:野生下で約6〜8年
- 体長:全長およそ35cm
- 英語表記:Common Cuckoo(学名 Cuculus canorus)
カッコウの見た目と行動の特徴

あまり知られていませんが、カッコウは渡り鳥です。
日本に来ているカッコウは、冬には東南アジアやインドに渡っています。
全長35cmほど、体重110g前後の中型鳥類で、ちょうどキジバトくらいの大きさに当たります。
オスは頭部から背中にかけて青みがかった灰色をまとい、お腹は白地に黒い細かな横縞模様が走る、すっきりとした出で立ち。
パッと見はハイタカやハヤブサにそっくりで、林縁を低く直線的に飛ぶ姿は、しばしば猛禽類と見間違えられるほどです。
メスには色違いが2タイプ知られており、灰色型と赤褐色(ハシバミ色)型が確認されています。
足の構造もユニークです。
スズメ目の鳥が前3本・後ろ1本の指を持つのに対し、カッコウは前2本・後ろ2本の「対趾足」で枝にしがみつきます。
鳴き声は雌雄で大きく異なり、オスは「カッコー、カッコー」と澄んだ二音をくり返す一方、メスは「ピピピピ」と笑うような連続音を発します。
高い木の梢で早朝から夜まで10〜20回ほどさえずるオスの声は、縄張りの主張とメスへの求愛を兼ねた発信。
不思議なことに、カッコウ属は体温保持能力が低く、外気温や運動量によって体温の日変動が29〜39℃にも及ぶことが測定されています。
実は、鳥類としては異例の体温の不安定さが「托卵戦略」の起源とも関わってくるわけです。
カッコウの生態と食性
カッコウは森林、草原、高原、河川敷、ヨシ原など、開けた環境を好んで生活しています。
日本では北海道から九州にかけての繁殖地へ5月中旬ごろ渡来し、冬はアフリカ南部や東南アジアで過ごす長距離渡り鳥です。
群れを作らず、繁殖期にはオスが各々に縄張りを構え、複数のメスと交配する乱婚の傾向が報告されてきました。
食性はもっぱら昆虫食。
とりわけ蛾の幼虫であるケムシを好み、他の鳥が嫌う毒毛のあるドクガ類の幼虫まで平らげてしまうほどです。
ケムシは森林の害虫として扱われる場面もあり、カッコウは生態系のなかで害虫抑制機能を担う存在とも言えるでしょう。
天敵にはハイタカやチョウゲンボウなどの小型猛禽類が挙げられますが、カッコウの容姿が猛禽類によく似るため、襲撃に遭う機会は意外と少ないと推測されています。
コミュニケーションは音声によるやり取りが中心。
オスは縄張りの宣言を担い、メスは交配前後の信号として、雌雄で異なる鳴き分けにより意思を伝えます。
カッコウの托卵と托卵成功率の実情

カッコウといえば、やはり「托卵」を語らずには始まりません。
托卵とは、巣を作らず抱卵もせず、他種の鳥の巣に卵を産み込んで子育てを任せきりにする繁殖戦略を指します。
日本国内で托卵を行う鳥は、カッコウ・ホトトギス・ツツドリ・ジュウイチの4種が知られており、4種すべてがカッコウ科の夏鳥。
カッコウ全体では、Aleksander D. Numerov(2003)の整理によると、世界で約300種の鳥への托卵が確認されています。
日本で主な宿主となるのは、オオヨシキリ、モズ、ホオジロ、オナガなど、スズメ目の中・小型種。
一般的な小鳥は1シーズンに4~6個産卵しますが、カッコウは15~25個の卵を産みます。
これは、托卵に失敗することも多く成鳥になれる確率が低いため、他の鳥よりも多く産卵する必要があると言われています。
進め方は実に手際よく、メスのカッコウは産卵中の宿主の隙をついて宿主の卵を1個くわえ出し、入れ替わりに1個のカッコウの卵を産み落とします。
所要時間はわずか十秒ほど、まさに早業と呼べる速さでしょう。
産み込まれたカッコウの卵は、宿主の卵より1〜2日早く孵化するよう調整されており、生まれたばかりで目も開かないヒナが、宿主の卵やヒナを背中のくぼみに乗せて巣外へ放り出してしまうのです。
一連の手順を経て、巣と餌を独占したカッコウのヒナは、本来4〜5羽分の給餌を一身に受け、生後8日ほどで仮親と同じ大きさに、生後3週間ほどで巣立ちを迎えます。
カッコウの托卵成功率は20~30%

ところで托卵の成功率は、いかほどなのでしょうか。
カッコウの托卵成功率を「宿主の巣に産み込まれた卵が、見破られずに孵化し、巣立つまで進む割合」と定義すると、研究例ではおおむね20〜30%前後がひとつの目安になります。
つまり、カッコウが10個の卵を宿主の巣に託した場合、無事に巣立ちまで進むのは2〜3羽ほどという計算です。
ただし、成功率は宿主の種類や地域によって大きく変わります。
ヨシキリ類を対象にした研究では、宿主によって0%から30%台まで幅があり、すべてのカッコウに共通する固定値ではありません。
カッコウの卵は、宿主に見破られて取り除かれることがあります。
また、卵が受け入れられても、巣が外敵に狙われたり、天候や餌不足の影響を受けたりするため、すべてが巣立ちまで進むわけではありません。
一方で、いったん孵化したカッコウのヒナは、宿主の親鳥から多くの餌を受け取るため、巣立ちまで進む可能性が高くなる場合があります。
そのため、「カッコウの托卵成功率」は、単に卵を産み込めた割合ではなく、卵の擬態、宿主の防衛行動、巣の安全性、ヒナの成長力が重なって決まる複雑な数字といえるでしょう。
カッコウが”進化的軍拡競争”で敗北して絶滅する可能性

カッコウと宿主の鳥たちのあいだでは、「進化的軍拡競争」と呼ばれる現象が続いています。
進化的軍拡競争とは、リチャード・ドーキンスとジョン・クレブスが1979年に提唱した概念で、捕食者と被食者、寄生者と宿主のように対立する種同士が、攻撃と防御の能力を競うように進化を加速させていく現象を指します。
カッコウの場合、宿主が「偽の卵を見抜く能力」を磨くと、カッコウ側は「より精巧な卵を産む能力」「素早く産卵する能力」「ヒナまで宿主に似せる能力」を磨いていく、というシーソーゲームが繰り広げられるわけです。
カッコウが進化的軍拡競争だけで絶滅へ向かう、と考えるのは強引かもしれません。
カッコウと宿主の関係は、長い時間をかけて続いてきた「見破る側」と「見破られない側」のせめぎ合いです。
宿主の鳥がカッコウの卵を見分ける力を高めると、カッコウには宿主の卵により似た卵を産む方向の進化が起こります。
宿主が巣の周辺でカッコウを警戒するようになると、カッコウにはより短時間で産卵する行動や、宿主の注意をそらす行動が求められます。
まるで、草むらの中で静かに続くチェスのような関係です。
ただし、進化的軍拡競争には明確な勝者がいるとは限りません。
宿主が完全にカッコウを防げるようになる地域もあれば、カッコウの卵擬態が高まり、托卵が一定の割合で成功し続ける地域もあります。
実際、カッコウの托卵成功率は宿主の種類や地域によって大きく変わり、すべての場所で同じように下がっているわけではありません。
そのため、「托卵成功率が下がる=カッコウがすぐに絶滅する」とは言えないでしょうね。
一方で、進化的軍拡競争に加えて、草原やヨシ原の減少、昆虫の減少、渡りの途中での環境変化、気候のずれが重なると、カッコウの繁殖は難しくなります。
カッコウは自分で巣を作らず、宿主の鳥に繁殖を頼るため、宿主が減ればカッコウの繁殖機会も減ってしまいます。
さらに、カッコウの産卵時期と宿主の繁殖時期がずれると、卵を託す好機を失う可能性もあります。
つまり、カッコウの未来を左右するのは、進化的軍拡競争だけではありません。
宿主の防衛、宿主の個体数、生息地の変化、餌となる昆虫、渡りの安全性が複雑に絡み合っているのです。
カッコウが世界規模ですぐに絶滅する可能性となると、現在のところ「絶滅の可能性は高くない」と考えられています。
カッコウの繁殖と子育ての知られざるエピソード

カッコウの繁殖期は、5月から7月にかけてのおよそ3か月間。
日本へ渡来したオスは、まず縄張りを構えて木の上から「カッコウ、カッコウ」とさえずり、メスを呼び寄せます。
メスは「ピピピピ」と応じ、双方が短い時間を共にしたのち交配が成立する流れ。
カッコウが特殊なのはそこから先の行動で、巣を作らず・抱卵もせず・給餌もしない「子育て完全外注スタイル」を貫きます。
メスは縄張り内のオオヨシキリやオナガの巣を入念に観察し、宿主が産卵中の隙を見計らって、托卵を実行に移すのです。
そして注目すべきは、メスの遺伝的なこだわりでしょう。
メスは「自分が育てられた宿主と同じ種」に托卵する傾向が確認されており、卵の色や模様の遺伝も母系を通じて伝わるとされています。
カッコウのヒナは、本能として「巣にあるものを背中で押し出す」行動を生後数日のうちに発揮します。
目も開かない時点で、必死に背中のくぼみへ卵を乗せ、巣の縁まで運んでぽとりと落とす。
押し出すしぐさは、餌を確保するための極めて合理的な振る舞いです。 仮親となったオオヨシキリやオナガは、ヒナの大きさが仮親の体を超えるほどに育っても、給餌をやめません。
「黄色い口を開けて餌をねだる」「巣の中にいる」という二つの刺激に駆動されるかのごとく、餌を運び続けます。
仮親オナガの体長が約36cmなのに対し、巣立ち直前のカッコウのヒナは約35cmと、ほぼ同じサイズに育つわけですから、傍目にはちぐはぐな光景でしょう。
2016年8月、群馬県の山あいで撮影された記録写真には、何倍もの体格となったカッコウのヒナへ、健気に虫を運ぶオナガの姿が残されています。
カッコウの進化の歩みと祖先について

カッコウの仲間、すなわちカッコウ科は約150種を擁し、世界の温帯から熱帯にかけて広く分布する古い系統の鳥類です。
分子系統解析の研究によれば、カッコウ目はおよそ7000万年前、白亜紀末期から新生代初頭にかけての時代に他の鳥類グループから分岐したと推定されています。
祖先となるカッコウ類は、托卵をしていなかったと考えられています。
カッコウ科約150種のうち、托卵を行うのはおおむね3分の1ほどで、残りは巣を作り抱卵する種です。
托卵という戦略がいかにして生まれたのかは、未解明の論点として残されているものの、有力な仮説のひとつが「体温保持仮説」でしょう。
カッコウ属の鳥は体温保持能力が低く、安定して卵を温めるのが難しいため、体温の安定した他種に抱卵を任せた方が繁殖に有利だった、という考え方です。
体質的な制約が生み出した独創的な解決策とも言えますね。
さらに、オーストラリア国立大学2024年Science論文では、托卵による宿主との軍拡競争という関係性が、カッコウの種分化を加速させてきたと示されました。
宿主との攻防が激しいほど、卵やヒナの擬態がより正確になり、結果として地理的・遺伝的に隔離された新たな種が誕生していくと考えられています。
カッコウ科が約150種にまで多様化した背景には、宿主との共進化の歴史が織り込まれているわけです。
ちなみに、日本の文学史を振り返ると、平安時代の和歌では「郭公」の表記がしばしばホトトギスを指して用いられたと言われます。
カッコウとホトトギスの見た目が酷似しているため、混同されたためでしょう。
人間社会のなかでもカッコウは「閑古鳥」「呼子鳥」「がっぽうどり」など複数の呼び名で親しまれ、文化と進化の両面から重層的な物語を紡いできました。
カッコウについてのまとめ

「カッコー、カッコー」と高原に響き渡る夏の声は、ベートーヴェンが愛し、ノルウェーの占いに用いられ、札幌市や郡山市の「市の鳥」にまで選ばれた、文化の橋渡しのような存在です。
一方で、カッコウは巣を持たず子育てもせず、オオヨシキリやオナガといった他の鳥に卵を預ける独特の繁殖戦略をとり、自然界で「進化的軍拡競争」を演じてきました。
ホオジロからオナガへ、そして次の宿主へ。
カッコウの托卵相手は、宿主の卵識別能力の進化に押されて時代とともに移ろっていきます。
近年は越冬地である東南アジアの環境悪化、ヨシ原の縮小、ケムシなど昆虫類の減少が重なり、京都府や愛知県では準絶滅危惧の鳥としてレッドデータブックに名を連ねるようになりました。
托卵の成功率は地域や宿主によって幅があり、決して高くないことが長年の調査からうかがえます。
カッコウは「だます鳥」という単純な存在ではありません。
宿主とともに進化してきた、細い糸の上を歩くような鳥です。
「カッコー」と響く声の奥には、何万年も続いてきた進化のせめぎ合いが隠れているのです。







