
コアラの基本情報
| 分類 | 双前歯目コアラ科コアラ属 |
| 学名 | Phascolarctos cinereus |
| 英語表記 | Koala |
| 主な生息地 | オーストラリア東部~南東部の森林地帯 |
| 体長 | 0.6m~0.85m |
| 体重 | 5~15kg |
| 平均寿命 | 13~18年(野生) |
ふかふかとした灰色の毛並みに、まるみを帯びた耳。
木の股にちょこんと収まる姿は、見る者の心をほぐすような愛嬌がある。
とはいえ、コアラという動物は見た目の柔らかさとは裏腹に、多くの動物が中毒を起こす猛毒のユーカリを主食とし、強靭な四肢で樹上に生き続ける、生物学的に非常に特殊な存在です。
日本でコアラを間近に見られる動物園はわずか7施設に限られており、オーストラリアでさえ抱っこができる州は3つだけ。
そんなコアラがなぜ毒草を食べられるのか、そして抱っこ禁止の理由はどこにあるのか、今回はその仕組みを動物学の視点から丁寧に紐解いていきます。
コアラの見た目と行動の特徴
まず見た目の話から始めましょう。
コアラの体毛は厚くごわごわとしており、南部に生息する個体ほど密で長くなります。
これはビクトリア州やニューサウスウェールズ州南部の冬の寒さに適応した結果で、北部クイーンズランド州の個体と並べると、同じ種とは思えないほど印象が異なります。
体重はオスで平均6.5kg、メスで5.1kgほど。
体格差が際立っており、オスはメスより体重が最大50%ほど重くなることもあります。
南部の大型個体ではオスが14.9kgに達する記録もあり、「小さくてかわいい」というイメージとは少し違う一面も持ち合わせています。
目は縦長の瞳孔を持ち、視力はあまり鋭くありません。
それでも、発達した嗅覚のおかげで600種以上あるユーカリの葉の種類をかぎ分け、食べごろの葉を的確に選び出せます。
鼻の頭がぴんと黒く張り出した顔つきは、コアラのトレードマークといえるでしょう。
さらに、コアラには人間とほぼ区別がつかないほど似た指紋があります。
霊長類以外でこれほど精密な隆線を持つ動物は、イタチ科とコアラだけとされており、木の樹皮をしっかり捉えるための収斂進化の産物と考えられています。
まるで彫刻のように刻まれたその紋様は、樹上生活への精緻な適応そのものです。
コアラの生態、猛毒ユーカリとの深い関係

コアラの食性は、動物学的にも異例中の異例です。
ユーカリの葉にはタンニンが多量に含まれており、これを食すとタンパク質が消化されなくなります。
さらにフェノール類やテルペン類といった毒性物質も複数含まれており、多くの哺乳類にとっては有害な植物です。
それにもかかわらず、コアラは1日に約500gから1kgものユーカリ葉を食べ続けます。
では、なぜコアラは猛毒ユーカリで中毒を起こさないのでしょう。
2018年7月3日、オーストラリア博物館が主導する「コアラゲノム・コンソーシアム」がコアラの全ゲノム配列の解読に成功し、英国の科学誌「Nature Genetics」のオンライン版に発表しました。
京都大学霊長類研究所の早川卓志特定助教も参加したこの国際共同研究では、コアラが他の有袋類よりも多くの苦味受容体遺伝子を持ち、毒性の強い葉を口にする前に「苦み」として察知できることが判明しています。
コアラは肝臓の「シトクロムP450」という酵素を使ってユーカリの毒を分解します。
この酵素の種類が他の哺乳類より格段に多様で、フェノール類やテルペン類の代謝に機能します。
加えて、神戸大学の大澤朗先生らが研究した腸内細菌の一種が「タンナーゼ」と呼ばれる酵素を産生し、タンニンとタンパク質の結合を切り離すことで消化吸収を助けることも分かっています。
つまりコアラは、嗅覚・味覚・肝臓の解毒機能・腸内細菌という4段階の防御システムを体内に組み込んでいます。
そしてこの仕組みは、生まれつき全て備わっているわけではありません。
コアラは夜行性ないし薄暮性で、日中の大半を樹上で休んで過ごします。
コアラは時間の80%近くを睡眠や休息に費やします。
これは怠惰さとは無縁で、栄養価の低い葉だけで生き抜くためのエネルギー節約戦略です。
縄張り意識はそれなりに強く、オスは体臭や尿でテリトリーを主張します。
繁殖期になると「ゴォー」と低く唸るような鳴き声を上げ、周囲のオスに存在を知らせます。
コアラの天敵は少なく、ときおりディンゴや大型のフクロウに若い個体が狙われる程度です。
ただし近年では、森林伐採による生息地の消失と、自動車事故・飼い犬による被害が個体数減少の主要因となっています。
毎年約4,000頭ものコアラが自動車事故や飼い犬からの被害にあっているとされており、これは天敵による影響をはるかに上回る数字です。
コアラの繁殖と子育て

繁殖期は地域により異なりますが、通常初春の9月から夏の2月までです。
この時期、オスは活動量が増し、鳴き声の頻度も上がります。
若いオスが新たな生活圏を探して地上を移動するこの季節は、交通事故が最も多くなる時期でもあります。
妊娠期間は34〜36日で、新生児は体重約0.5グラム、体長2センチメートル程度
体毛は生えておらず、ピンク色をしています。 目も耳もなく、ゼリー菓子のような外見です。
それでも、発達した嗅覚と前足のつめだけを頼りに、産道から母親の育児嚢まで自力でたどり着きます。
育児嚢の開口部はカンガルーとは逆に下向きになっており、その中で6〜7か月間母乳だけで成長します。
離乳の時期に訪れるのが、コアラの子育てで最も印象的なエピソード「パップ(pap)」です。
生後約22週を過ぎたあたりから、子供は育児嚢から顔を出し始め、母親の肛門からパップを直接食べます。
パップは盲腸内でユーカリを半消化状態にした特別な離乳食で、緑色でどろりとした質感をしています。
米スミソニアン国立動物園の研究員サリー・ボーンブッシュ氏によれば、パップには「複雑な植物繊維を消化し、ユーカリに含まれる有害な成分の一部を解毒する」腸内微生物が含まれており、これを摂取することでコアラはユーカリを消化できる体になっていきます。
実のところ、コアラが猛毒のユーカリを食べられるかどうかは、この一口の離乳食にかかっているとも言えます。 生後1年ほどで親離れし、自分の生活圏を見つける旅が始まります。
コアラ抱っこが禁止される理由と州ごとの規制

コアラはもともとストレスに弱い動物です。
コアラが驚いたときや繁殖期、あるいは負傷したときには、ヒスヒスと威嚇音を上げ、爪や歯で攻撃することがあります。
ぐっと抱き上げられる感覚は、コアラにとって捕食者に捕まえられた状態に近く、生理的な不安を引き起こします。
こうした観点から、オーストラリアでは州ごとに規制が設けられています。
抱っこが認められているのは、クイーンズランド州・南オーストラリア州・西オーストラリア州の3州のみで、シドニーやメルボルンではコアラ抱っこはできません。
ニューサウスウェールズ州とビクトリア州では、コアラ抱っこを州の法律として禁止しています。
許可されている州でさえ、コアラ1頭あたりの抱っこ時間や1日の接触人数には厳格な上限が設けられており、コアラの体調が最優先されます。
2024年6月30日をもって、ブリスベンのローンパイン・コアラサンクチュアリーのコアラ抱っこ体験は終了しました。
日本では、神戸市立王子動物園や名古屋市東山動植物園などの7施設でコアラを見ることができますが、抱っこ体験は一切実施されていません。 隣に立って撮影するだけでも、コアラの緊張状態を高めることがあるからです。
さらに重要な背景として、野生のコアラの約50%がクラミジアに感染しているとされています。
これはヒトのクラミジアとは別株ですが、感染したコアラでは目の疾患や泌尿器系の症状が見られることがあります。
不用意な接触は個体の免疫負担を高めることにもつながります。
コアラの抱っこ禁止は感傷的な理由ではなく、動物福祉と科学的根拠に基づいた判断なのです。
コアラの進化、猛毒植物との4500万年
コアラもしくはコアラの祖先と考えられる動物は、およそ4500万年前にオーストラリア大陸が南極大陸から次第に分断され北方へと移動し始めた頃に初めて出現したといわれており、約2500万年前のコアラの祖先と考えられる動物の化石も発見されています。
現生コアラ(Phascolarctos cinereus)に近い化石記録は複数の州で確認されており、かつてコアラ科には少なくとも8属16種が存在したとされています。
そのほとんどが環境変化の中で姿を消し、現在残るのはコアラ1種のみです。
1816年、フランスの動物学者ブランヴィルがコアラの属名「Phascolarctos」を与えました。
ギリシア語で「皮の袋(phaskolos)」と「熊(arktos)」を意味し、袋を持つ熊に似た動物というイメージが込められています。
「コアラベア」と呼ぶのは間違いで、コアラはクマの仲間ではなく有袋類です。
早くから他の大陸から切り離されていたオーストラリアには、小さなネズミ類やコウモリなどを除くと有胎盤類がほとんど生息していませんでした。
このためオーストラリアは世界でほぼ唯一の、多様な有袋類が生息する大地となってきました。
コアラはその結果として、競合する動物のいない「猛毒植物の葉」というニッチを獲得し、長い時間をかけてユーカリとの共生関係を深めてきたのです。
コアラの生活様式や運動様式が、樹上で生活する霊長類と非常に似ているという研究が、2000年代に入ってから報告されるようになりました。
有袋類と霊長類という遠い系統が、似た環境で似た方向に進化する「収斂進化」の典型例です。
コアラについてのまとめ
コアラは、見た目の穏やかさと生態学的複雑さのギャップが際立つ動物です。
1日18時間以上眠り続けるように見える姿は、猛毒ユーカリを処理するための代謝戦略の結晶であり、4500万年の進化がなければ成立しません。
母親がわが子のために盲腸でつくるパップという特別な離乳食は、命をつなぐ仕組みの精巧さを体現しています。
人間が顕微鏡でも見分けられないほど似た指紋を持ちながら、猛毒ユーカリと向き合い、オーストラリアの森に生き続けるコアラのたたずまいは、自然界の深さをふと思い知らせてくれます。
抱っこ禁止という現実も、コアラの繊細さと稀少性を改めて教えてくれます。
2022年には大規模森林火災によりユーカリの森とともに多くのコアラが生息地を失い、絶滅危惧種に指定されることとなりました。
コアラを守ることは、ユーカリの森を守り、オーストラリアという大陸の生態系そのものを守ることにつながっているのです。







