真っ白な体で北極の氷の上を歩くホッキョクグマ(シロクマ)は、寒い場所に暮らす動物の代表ともいえる存在です。
ところが、ホッキョクグマの毛には白い色素がありません。
白く見えている毛は透明に近く、その下には真っ黒な皮膚があります。
さらに、クマの仲間でありながら生活の中心は海にあり、何百kmも泳いだ個体まで確認されています。
一方、同じように氷に覆われる南極には、野生のホッキョクグマは1頭もいません。
ホッキョクグマは、なぜ北極だけで暮らしているのでしょうか。
氷の世界で生きるために身につけた、驚きの特徴と生態を紹介します。
ホッキョクグマの基本情報

| 漢字表記 | 北極熊 |
|---|---|
| 分類 | 食肉目クマ科クマ属 |
| 生息地 | カナダ、アラスカ、グリーンランド |
| 平均寿命 | 約25年 |
| 体長 | 2.0m~2.6m |
| 英語表記 | Polar bear |
ホッキョクグマは、一般的に「シロクマ」と呼ばれることもあります。
学名は Ursus maritimus といい、「海のクマ」という意味。
名前のとおり、ホッキョクグマは陸上だけで生活するクマではありません。
海を覆う氷を利用して暮らす、北極を代表する動物です。
現在、IUCNのレッドリストでは「VU(危急種)」に分類されています。
絶滅する危険が高まっている動物の一つです。
ホッキョクグマの毛は実は白くない
ホッキョクグマ最大の特徴といえば、雪のような白い毛です。
ところが、1本ずつ見ると毛には白い色素がありません。
毛は透明に近く、中心部には空洞があります。
たくさんの毛に光が当たり、光が散らばることで、人間の目には白く見えるのです。
さらに、長い毛の下には密集した下毛があります。
この厚い毛の層が体から熱を逃がしにくくし、北極の厳しい寒さから体を守っています。
寒さへの適応能力は非常に高く、成獣では激しく走ることで体温が上がりすぎることさえあります。
「寒さに耐えている」というより、北極の寒さに合わせた体へ進化しているのです。
白い毛の下には真っ黒な皮膚がある
毛をかき分けると、ホッキョクグマの皮膚は黒色をしています。
白い毛と黒い皮膚という、かなり意外な組み合わせです。
黒い皮膚については、太陽光から熱を受け取ることに役立つという説明もあります。
ただし、黒い皮膚が体温維持にどの程度役立っているのかについては、はっきりと分かっていない部分もあります。
確実に分かっているのは、ホッキョクグマの皮膚は黒く、毛には白い色素がないということです。
厚い毛と脂肪で熱を逃がしにくい
ホッキョクグマの寒さ対策は毛だけではありません。
皮膚の下には厚い脂肪の層があります。
毛と脂肪を組み合わせることで、体内の熱が外へ逃げにくくなっています。
その断熱性能はかなり高く、赤外線カメラで見ると、毛に覆われた部分は周囲の雪に近い温度として映ることがあります。
ただし、完全に姿が消えるわけではありません。
鼻や目など毛の少ない部分からは熱が逃げるため、赤外線でも確認できます。
ホッキョクグマは南極にはいない
「北極にいるなら、南極にもいるのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、野生のホッキョクグマが暮らしているのは北極圏だけです。
南極には生息していません。
理由は、南極の寒さに耐えられないからではありません。
ホッキョクグマは北半球にいたクマの仲間から進化した動物だからです。
北極と南極の間には、広大な海と暖かい地域があります。
ホッキョクグマの祖先が自然に南極まで移動できる環境ではありませんでした。
つまり、南極にホッキョクグマがいないのは寒さの問題ではなく、進化してきた場所と地理的な歴史によるものなのです。
野生のホッキョクグマとペンギンは出会わない

ホッキョクグマとペンギンが同じ氷の上に描かれたイラストを見たことがあるかもしれません。
しかし、自然界では基本的に出会いません。
ホッキョクグマは北極圏に暮らしています。
一方、野生のペンギンは南半球に分布しています。
そのため、ホッキョクグマがペンギンを追いかけるという場面は自然界では起こらないのです。
ホッキョクグマは流氷を含む海氷の上で暮らす
ホッキョクグマというと、流氷の上を歩く姿が有名です。
正確には、流氷を含む「海氷」が重要な生活場所です。
海氷とは、海水が凍ってできた氷を指します。
風や海流によって流されるものもあれば、海岸付近に張りついた状態になるものもあります。
ホッキョクグマは海氷の上を歩き、休み、獲物を探します。
ただし、一年中ずっと氷の上にいるわけではありません。
地域によっては夏になると海氷が大きく減るため、数か月間陸上で過ごすホッキョクグマもいます。
海氷はホッキョクグマにとって巨大な狩り場
ホッキョクグマが海氷を必要とする最大の理由は、食べ物です。
主な獲物となるのはワモンアザラシやアゴヒゲアザラシです。
アザラシは呼吸をするため、海氷に開いた穴から顔を出します。
ホッキョクグマはその場所を探し、近くで待ちます。
アザラシが姿を現した瞬間を狙うのです。
つまり海氷は、ホッキョクグマにとって単なる足場ではありません。
食べ物を得るために欠かせない巨大な狩り場でもあります。
北極点よりも海岸近くに多く暮らす
「北極の動物」と聞くと、北極点の近くにたくさんいるイメージがあるかもしれません。
実際には、北極点周辺よりも北極海の沿岸や島の周辺が重要な生息地です。
北極点付近は海が深く、ホッキョクグマの獲物となる生き物も比較的少なくなります。
一方、大陸棚が広がる浅い海では海の生き物が豊富です。
ホッキョクグマも食べ物を得やすい場所に多く集まります。
ただ寒い場所を選んでいるのではなく、食べ物のある場所を選んで暮らしているのです。
肉球には天然の滑り止めがある
氷や雪の上を歩くホッキョクグマの足には、興味深い仕組みがあります。
肉球を拡大すると、表面に細かな突起が並んでいます。
2022年に発表された研究では、ホッキョクグマの肉球にある突起は、ヒグマやアメリカクロクマより約1.5倍高いことが確認されました。
さらに実験では、この構造によって雪の上での摩擦が高くなることも示されています。
つまり、肉球そのものが天然の滑り止めになっているのです。
足の裏には毛も生えており、寒さから肉球を守る役割もあります。
巨大な足は泳ぐときのパドルにもなる
ホッキョクグマの前足はとても大きくできています。
歩くときには体重を分散し、雪の上で沈みにくくする役割があります。
水に入ると、その大きな前足がパドルのように働きます。
主に前足で水をかき、後ろ足で方向を調整しながら泳ぎます。
そのため、クマの仲間でありながら非常に高い遊泳能力を持っています。
泳ぎが得意!9日間で約687km泳いだ個体がいる
ホッキョクグマの泳ぐ能力を示す驚くべき記録があります。
GPSを使った追跡調査で、1頭のメスが約9日間にわたり、約687kmを泳ぎ続けたことが確認されました。
途中で陸や海氷に上がらず移動した記録です。
ただし、これは普通のホッキョクグマが簡単にできる行動という意味ではありません。
この個体は長距離移動によって大きく体重を減らしていました。
数百kmを泳げる能力を持っていても、大量のエネルギーを使う非常に厳しい移動なのです。
嗅覚を使って雪や氷の中の獲物を探す
ホッキョクグマは非常に優れた嗅覚を持っています。
雪や氷に隠れたアザラシの存在も、匂いを手がかりに探します。
「何十km先からでも分かる」「1km離れた場所から氷の下のアザラシを見つける」といった話もありますが、正確な距離を実験で確認することは難しく、数字には注意が必要です。
研究から確実に分かっているのは、ホッキョクグマが獲物探しに嗅覚を強く利用していることです。
広大で真っ白な北極では、目だけではなく鼻も重要な武器になっています。
多くのホッキョクグマは冬眠しない
クマといえば、冬になると冬眠するイメージがあります。
しかし、多くのホッキョクグマは冬でも活動します。
冬から春にかけては海氷が広がり、アザラシを狙いやすくなる重要な季節だからです。
オスや赤ちゃんを迎えないメスは、基本的に冬も海氷の上を移動します。
長期間巣穴で過ごすのは、主に赤ちゃんを迎えるメスです。
赤ちゃんを迎えるメスは雪の巣穴を作る
秋になると、赤ちゃんを迎えるメスは巣穴を作ります。
雪が吹きだまる斜面などを利用し、穴を掘って中へ入ります。
その後さらに雪が積もり、巣穴が雪に覆われることもあります。
雪の中は外気より温度変化が小さく、北極の強い風からも守られます。
地域によっては陸上だけでなく、海氷上に巣穴を作ることもあります。
数百kgの母親から小さな赤ちゃんが生まれる
赤ちゃんは冬の巣穴の中で生まれます。
通常は1~2頭で、双子がよく見られます。
驚くのはその大きさです。
生まれたばかりの赤ちゃんは体重約500~700gしかありません。
成獣のメスは数百kgになるため、母親と赤ちゃんには非常に大きな体格差があります。
生まれた直後は目も開いておらず、自分だけで北極の寒さに耐えることはできません。
母親の体温と母乳によって成長していきます。
母親は食べずに赤ちゃんを育てる
巣穴に入った母親は、基本的に食べ物を取りません。
自分の体に蓄えた脂肪を使いながら赤ちゃんへ母乳を与えます。
ホッキョクグマの母乳は脂肪分が非常に多く、赤ちゃんは短期間で急速に成長します。
地域や個体によって期間は異なりますが、母親が食べ物をほとんど取らない期間が数か月に及ぶこともあります。
母親が春までに十分な脂肪を蓄えられるかどうかは、子育てにとって非常に重要です。
子どもは約2年半も母親と一緒に暮らす

巣穴を出たからといって、赤ちゃんがすぐに独立するわけではありません。
一般的には約2年半、母親と一緒に暮らします。
その間に海氷を移動しながら、食べ物の探し方や危険を避ける方法などを身につけていきます。
ホッキョクグマの子育ては非常に長期間にわたります。
そのため、同じメスが毎年赤ちゃんを迎えるわけではありません。
多くの地域では、およそ3年ごとに新しい子どもを育てることになります。
脂肪の多い食生活に適応した遺伝子
ホッキョクグマは、アザラシの脂肪を好んで食べます。
人間であれば健康への影響が心配になるほど、脂肪の多い食生活です。
研究者がホッキョクグマとヒグマの遺伝子を比較したところ、脂質の代謝に関係する遺伝子に大きな変化が見つかりました。
特に注目されたのが「APOB」という遺伝子です。
2014年に発表されたゲノム研究では、APOBをはじめとする脂質代謝に関係する遺伝子に、強い自然選択の痕跡が確認されています。
研究者は、こうした変化が脂肪の多い食生活への適応に関係している可能性を指摘しています。
ただし、この遺伝子があるため心臓の病気にならないとまで証明されたわけではありません。
ヒグマとの間に子どもが生まれることがある
ホッキョクグマとヒグマは、見た目も生活場所もかなり違います。
しかし、遺伝的には非常に近い仲間です。
野生では、ホッキョクグマとハイイログマの間に生まれた個体も実際に確認されています。
こうした個体は「ピズリー」や「グローラー」などと呼ばれることがあります。
ただし、これらは正式な生物学上の名前ではありません。
交雑個体は白やクリーム色の毛に茶色が混じるなど、両方の特徴を持つことがあります。
さらに重要なのは、こうした交雑個体にも次の世代を残す能力があることです。
実際に、交雑個体からさらに次の世代が生まれた例も確認されています。
ホッキョクグマとヒグマは数十万年前に枝分かれしたと考えられており、進化の歴史から見ると非常に近い関係なのです。
交雑が続くと「遺伝的絶滅」が起こる可能性がある
交雑個体が次の世代を残せることから、研究者が注目している問題があります。
それが「遺伝的絶滅」と呼ばれる現象です。
異なる種との交雑が何世代も続くと、一方の遺伝子がもう一方の集団へ少しずつ入り込んでいきます。
こうした現象は「遺伝的浸透」と呼ばれます。
さらに交雑と繁殖が長期間繰り返されると、もともとの集団が持っていた独自の遺伝的特徴が失われる可能性があります。
これが遺伝的絶滅と呼ばれる問題です。
ホッキョクグマとヒグマの場合も、交雑個体が次の世代を残せるため、理論上は遺伝的浸透が続く可能性があります。
北極の気候が変化することで、将来両種が出会う機会が増える可能性も研究されています。
ただし、現在のホッキョクグマで遺伝的絶滅が進んでいることが確認されたわけではありません。
北極圏のホッキョクグマを調べた遺伝子研究では、最近の交雑は限られた地域で起きている現象と考えられています。
現在のところ、交雑によってホッキョクグマ全体の遺伝的特徴が急速に失われているという証拠はありません。
また、遺伝子を詳しく調べた研究から、ホッキョクグマとヒグマは現在だけでなく、はるか昔にも遺伝子を交換していたことが分かっています。
気候の変化によって両種の生息域が重なった時代に、交雑が起きたと考えられています。
そのため、交雑そのものは現代になって初めて起きた現象ではありません。
将来、交雑がどの程度増えるのか。
また、それによってホッキョクグマ独自の特徴が失われるのか、新しい環境への適応につながる遺伝子が入るのかについては、現在も研究が続けられています。
陸上の食べ物だけでは体重を保てない可能性が高い
海氷が少ない季節には、ホッキョクグマが陸上で植物やベリー、鳥などを食べることがあります。
そこで、海氷が減ったとしても陸上の食べ物へ切り替えればよいのではないか、という疑問が生まれます。
2024年に発表された研究では、カナダの西部ハドソン湾で20頭のホッキョクグマを追跡しました。
ホッキョクグマはさまざまな陸上の食べ物を利用していました。
しかし、調査した20頭のうち19頭で体重が減少していました。
この観察結果から、この地域では陸上の食べ物だけで海の獲物を十分に補うことは難しいと考えられています。
ホッキョクグマは北極の海と氷に合わせて進化した動物
ホッキョクグマは、ただ白くて寒さに強いクマではありません。
透明に近い毛、黒い皮膚、厚い脂肪、雪をつかむ肉球、大きな前足など、北極で暮らすための仕組みを全身に備えています。
生活の中心となるのは、流氷を含む海氷です。
そこで食べ物を探し、広い範囲を移動しています。
赤ちゃんを迎えるメスは雪の中に巣穴を作り、数か月間食べ物をほとんど取らずに子育てを続けます。
さらに、高脂肪食への適応に関係すると考えられる遺伝子や、ヒグマとの交雑など、進化の面でも興味深い特徴が次々と明らかになっています。
一見すると真っ白で静かな北極の動物ですが、その体と暮らしを詳しく調べると、驚くほど多くの秘密を持つ動物なのです。






