丸い耳に短い足、ふわふわの毛に包まれたハイラックスは、大きなモルモットのように見える動物です。
ところが、進化の歴史をたどると、ゾウやジュゴンに近い仲間だとわかります。
岩場を駆け上がる足裏を持ち、オスは複雑な「歌」を響かせます。
さらに、何世代にもわたって使われたトイレが、数万年前の気候を調べる手がかりになるという、驚きの一面もあります。
小さな体に意外な特徴が詰まったハイラックスの暮らしを見ていきましょう。
ハイラックスの基本情報

ハイラックスは、イワダヌキ目に属する動物の総称です。
岩場で暮らす種類だけでなく、主に木の上で生活する種類も含まれます。
今回は、日本の動物園でも見られる「ケープハイラックス」を中心に紹介します。
| 漢字表記 | 岩狸(イワダヌキ。ハイラックス類の別名) |
|---|---|
| 分類 | イワダヌキ目・イワダヌキ科・ハイラックス属 |
| 生息地 | アフリカの広い範囲と中東の一部にある岩山や崖 |
| 平均寿命 | 野生で約10年、飼育下で約15年(推定) |
| 体長 | 約0.3m~0.55m |
| 英語表記 | Rock hyrax/Cape hyrax |
| 絶滅危惧レベル | LC(低懸念)。IUCNレッドリストでは絶滅危惧種に該当しません |
「岩狸」という名前でも、タヌキの仲間ではありません。
ネズミやウサギとも異なる、独立したグループの哺乳類です。
ハイラックスは小さな体でもゾウに近い仲間

ハイラックスの大きな魅力は、見た目から想像できないゾウとの関係です。
DNAの研究から、ハイラックス、ゾウ、ジュゴンやマナティーの仲間は、共通の祖先を持つ近いグループだとわかっています。
現在のハイラックスが大きくなってゾウになったわけではなく、遠い昔の祖先から、それぞれ別の道を歩んできました。
体にも、ゾウとのつながりを思わせる特徴が残っています。
上あごの前歯は一生伸び続け、小さな牙のようになります。
足の多くの指には、ひづめを思わせる平たい爪がある点も特徴的でしょう。
こうした体のつくりとDNAの情報を合わせることで、外見だけではわかりにくい関係が見えてきます。
ハイラックスの足裏は岩登りに向いた滑り止め
ケープハイラックスは、丸くずんぐりした姿からは意外なほど、岩場を素早く移動します。
岩登りを支えるのが、柔らかく弾力のある足裏です。
足裏には毛のない肉球があり、汗で湿っています。
肉球を岩に密着させることで、滑りやすい場所でも足場をとらえやすくなる仕組みです。
足裏の中央を引き上げ、吸盤のように働かせるとも説明されています。
指の数は前足が4本、後ろ足が3本です。
後ろ足の内側の指には、ほかの指とは違う、毛づくろい用の爪があります。
岩場を歩くための足に、毛並みを整える道具まで備わっているのです。
ハイラックスの日光浴は体温を保つ大切な行動
岩の上でじっと日光浴をする姿は、ハイラックスの代表的な風景です。
日光浴には、太陽の熱を利用して体温を調節する役割があります。
野外で体温を測った研究でも、体温と日光浴の関係が調べられてきました。
寒い時期には日なたを利用し、暑い時間帯には岩のすき間へ移動するなど、過ごす場所も重要になります。
日光浴の役割は、気温や季節によって同じではありません。
冬の研究には、夜の間に体温が大きく下がらず、日光浴が「冷えた体を温め直す」よりも、「寒い中で体温を保つ」ために役立っていた例があります。
ハイラックスは自分の体で熱をつくりながら、太陽や岩陰も利用して暮らしているのでしょう。
ハイラックスの群れは岩のすき間を拠点に暮らす

ケープハイラックスは、数頭から数十頭ほどの群れをつくる動物です。
岩の割れ目や、大きな岩が重なってできたすき間を、休む場所や隠れ場所として利用します。
岩場は住まいであり、危険から逃れる避難場所でもあります。
群れでは周囲を警戒し、危険を知らせる声が出ると、近くのすき間へ逃げ込みます。
アフリカの一部では、別の種類のハイラックスと隠れ場所を共有する姿も観察されました。
種類の違う子ども同士が遊ぶ例まで知られています。
岩場という限られた場所で、異なる種類が近くで暮らす点も面白いところです。
ハイラックスは植物を食べ、赤ちゃんは毛が生えた姿で誕生する
ケープハイラックスは、主に植物を食べます。
草や木の葉、新芽、花、果実などを利用し、季節や生息地によって食べ物を変えていきます。
赤ちゃんの育ち方にも注目したい特徴があります。
妊娠期間は約8か月で、小さな体の動物としては長い時間をかけて、おなかの中で成長します。
生まれた赤ちゃんは、すでに毛が生え、目も開いた状態です。
大人をそのまま小さくしたような姿には、驚かされるでしょう。
ハイラックスの歌には地域ごとの違いがある
ケープハイラックスのオスは、さまざまな音を組み合わせた複雑な鳴き声を出します。
研究者は、長く続く鳴き声を「歌」と呼んで調べてきました。
2012年に発表された研究では、イスラエルの複数の地域で歌を録音し、音の並べ方を比べています。
その結果、歌を組み立てるパターンに地域差が見つかりました。
人間の方言を思わせる違いです。
ここで確認されたのは、音の並び方に地域ごとの特徴があることでした。
人間の言葉のように、単語を組み合わせて同じ意味を伝えているとわかったわけではありません。
仲間から歌い方を学んでいるのか、遺伝的な違いが関わるのかも、引き続き調べる必要があります。
ハイラックスは歌のリズムと子どもの数が関係する
歌の面白さは、音の種類や並べ方だけではありません。
2022年にオンライン公開された研究では、歌のリズムと、オスが残した子どもの数との関係が調べられました。
ほぼ等しい間隔で音を出せるオスほど、生後1年まで育った子どもが多いという関係が見つかっています。
歌の速さより、安定した間隔で音を出せることが関わっていました。
なぜ関係するのかは、まだ十分にわかっていません。
研究者は、安定したリズムそのものがメスに好まれる可能性や、歌い手の状態を判断しやすくする可能性を挙げています。
歌の変化には、年齢だけでなく社会的な立場も関係します。
2019年の研究では、メスの群れに定着していない成熟したオスは、年齢とともに歌が複雑になる傾向を示しました。
一方、群れに定着したオスでは、定着初期に複雑だった歌が、その後は単純になる傾向が報告されています。
ハイラックスの歌には、暮らしの変化まで表れているようです。
ハイラックスの古いトイレは数万年前の気候を記録する
ハイラックスの排せつ物は、過去の環境を調べる貴重な資料になります。
ケープハイラックスは共同の排せつ場所を使い、条件のよい岩陰では、何世代にもわたって尿やフンが積み重なります。
尿に由来する固まった物質は、「ヒラセウム」と呼ばれています。
こうした堆積物には、花粉や植物のかけらなどが閉じ込められます。
研究者は層の年代を測り、残された花粉や成分を調べることで、昔の植物や乾燥の変化を読み解いてきました。
保存状態のよい堆積物は、5万年以上にわたる環境の記録を残すこともあります。
小さな動物が使い続けたトイレが、数万年前の自然を知るタイムカプセルになっているのです。
ハイラックスの進化と巨大な昔の仲間

ハイラックス類の進化をたどるうえで、重要な舞台となるのがアフリカです。
北アフリカからは古いハイラックス類の化石が見つかり、現在より多様な仲間が暮らしていたことがわかっています。
大型の「ティタノハイラックス」も、古代のハイラックス類の一つです。
体の大きさは種類によって異なり、化石から推定されています。
現在のケープハイラックスの直接の祖先と決まっているわけではなく、昔は大型の仲間もいたという位置づけになります。
ゾウやジュゴンの仲間との枝分かれは、DNAでも研究が続けられています。
2024年の研究ではゾウとハイラックスを特に近い枝に置く結果が支持され、調べる遺伝子によって結果が異なることも報告されました。
食い違いの大きな理由として考えられているのが、祖先の集団が短い期間に分かれ、古い遺伝子の違いをそれぞれ受け継いだ可能性です。
巨大なゾウ、海で暮らすジュゴン、岩場で暮らす小さなハイラックスは、長い時間をかけて異なる姿や暮らし方を持つようになりました。
現在のハイラックスの小さな体は、狭い岩のすき間を利用する暮らしに役立っています。
小型になった理由を岩場への適応だけで説明できる証拠はなく、進化の詳しい道筋には、まだ解明されていない部分が残ります。
ハイラックスの天敵や苦手な相手とは?
ハイラックスの主な天敵は、大型のワシ、ヒョウ、カラカル、ジャッカルなどです。
特に岩場で暮らすワシ類には、ハイラックスを重要な食べ物にしている種類がいます。
空から近づく相手と地上から迫る相手の両方に注意が必要なため、群れの警戒と、すぐに隠れられる岩のすき間が欠かせません。
食べ物を探して隠れ場所から離れると、天敵に狙われる危険が高まります。
追い詰められた際には、岩のすき間に入り込み、鋭い前歯で抵抗することもあります。
愛らしく穏やかに見えるハイラックスも、足裏や牙、鳴き声を使いながら、厳しい岩場の世界を生き抜いているのです。























